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ブルームーン 食べ物シリーズ

ブルームーン

ここでは小米雪の普段の生活で気になるお話をエッセイ形式で書き記していきますw
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No  284

カシスオレンジ

「話って何?」

 かつて恋人だった彼に呼び出された。

 別れてから、もう三年くらい経つかな。

 彼氏は蕎麦の様な奴で私のことをふった。

 お前は牛乳みたいに元気だから一人でも大丈夫だって言ってね。

 今思えば懐かしい。

 感謝すらしてる。

 そのお陰で一生愛していきたい人ができたから。

 私は自分の左手の薬指に光る小さな宝石を指で触った。

「もう三年か……」

 彼は淋しそうに呟いた。

「あなたが、私をふってから……ね?」

 私は悪戯っぽく笑って見せた。

「結婚するんだ」

 彼は一呼吸置いて、静かにそう言った。

「どんな人?」

 私は少し淋しさを感じながら聞いた。

 勝手な話だ。

 自分は婚約していながら、元彼が結婚してしまうのが淋しいなんて。

「ちょっとお前に似てる。でも、彼女のほうが気が強いかな」

 彼は面白そうに言った。

 優しそうな瞳をしていた。

 それはかつて自分に向けられていた瞳で、心の何処かでわだかまりが残る。

「そう……。よかったわね」

 私はカクテルのグラスを見ながら言った。

「俺……大丈夫かな? 結婚して……。やっていけると思うか?」

 彼は不安そうに呟いた。

「如何して、私に聞くの?」

 あなたから、ふった私に……そんな事聞かないで。

 また、元気が欲しくなった?

 私が牛乳みたいだから?

 飲むと栄養がつくから?

 甘えないでよ……。

「俺、自信ないんだ……」

 彼は頼りなさそうに言う。

「私が今飲んでるカクテル何か知ってる?」

 私は徐にグラスを持ち上げた。

「カシスオレンジ……?」

 彼は戸惑ったように答えた。

「私ね……もう、牛乳よりカシスオレンジが似合う歳なんだよ。いつまでも牛乳じゃいられないの。だからね――」

 あなたに元気はあげれないわ。

 そう言いたかった。

 彼は何も言わず戸惑ったように私を見た。

 私は首を振って何も言わずに席を立った。

「さようなら」

 私は振り返らずにバーを出た。

 彼の顔が目に浮かぶ。

 情けない顔してるんだろうな……。

 でもね、いつまでもあなたの事を考えてはいられない。

 私が最後にあなたにしてあげられるのは、中途半端に慰める事なんかじゃなく、冷たく切り離してあげる事。

 だから、私何も言わないよ。

 あなたにも私にも、お互い以上に大切な人ができたんだから。

 だから、あなたに贈る最後の言葉は「また今度!」じゃなくて――「さようなら」

 もう会うことはないという別れの合図。

 いつか何処かで出会っても、あなたと私は違う道を歩いてる。

 交わる事は決してない。

 牛乳はココアと。

 蕎麦は唐辛子と。

 一緒になる事を望んだのだから。

「さようなら」

 私はバーの外からもう一度彼に小さく呟いた。

 

 


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No  283

唐辛子

 好きな人ができました。

 初恋です。

 皆にそれを言うと、

「遅い!」

 と言って驚かれますが、私自身不思議だとは思いません。

 だって、運命の人にやっと会えたってことだから。

 

 彼は十歳以上も年上でそれでいて頼りない。

 彼と私はバイト先の喫茶店で出会った。

 この日は三十度を超える猛暑で、彼は犬のようにはぁはぁ言いながら喫茶店に入ってきた。

 私はいらっしゃいませと言って、彼に水を出そうとした。

「あの……」

 私は困った。

 彼が机の上で伸びていたので、水が置けなかったのだ。

「えっ?」

 彼は顔を上げて私を見た。

「あっごめん!」

 私のコップを持った右手を見ると顔を赤くして、机から頭をのけた。

「どうぞ」

 私は笑い出しそうなのを堪えながら、彼に水を出した。

「あなた、何か蕎麦みたい」

 つい口に出して言ってしまった。

 お客さんにため口で、それも意味不明なことを……

 怒られるかなっと思ったが彼の反応は意外なものだった。

「やっぱり?」

 彼は微笑みながらそう言った。

 その瞬間、私の中に電撃が走った。

 初めての感覚で、体中が心臓になったみたいにドキドキした。

 その後如何したか覚えてない。

 ただ、思ったのは彼は明日も来てくれるかな?と言う事だった。

 会いたいな。

 もう一度笑って欲しいな。

 その願いか通じたのか、彼はその日からうちの喫茶店に通うようになった。

 彼は喫茶店に来るたびいろんな話をした。

 会社の事、自分のこと、昔の彼女のこと……

 昔の彼女に彼は蕎麦みたいだと言われたらしい。

 私に言われて思い出したと楽しそうに彼は言った。

 でも、その話は私の心の中に微妙な変化をもたらした。

 その話を聞いて気付いたのだ。

 初めて会った時の笑顔は昔の彼女に向けられたものだと……。

 ズキン ズキン

 ドキドキしていたはずの心臓の音が変わった。

 何か痛いな……。

 ……嫉妬? これが?

 私は昔の彼女に向けられた笑顔に嫉妬をしていた。

「今日何か機嫌悪い?」

 彼は恐る恐る言った。

「私は元々こうなんです」

 私はつんけんと言った。

「君って、そうしてると唐辛子みたい……」

 彼は呟いた。

 唐辛子……?

 そりゃあ、元々気は強い方だけど……だからって!

 ケーキとかパフェとか、苺とか可愛い食べ物があふれてると言うのに、この人は私を唐辛子だと……?

 昔の彼女はなんだったって言うのよ!

「悪かったですね!」

 私は人目も気にせず彼を怒鳴りつけた。

「何怒ってんの?」

 彼は驚きを隠さずにそう言った。

「怒ってないです! 私はどうせ唐辛子ですから! 女らしくなくて、可愛くなくて、気が強くて! でも、あなたには関係ないでしょ! いいじゃない気が強くたって、あなたに迷惑かけた?」

「怒ってると思うけど……?」

「怒ってないわよ! 何よ! ほっといてよ! 毎日話しかけられて迷惑よ!」

 こんな事言うつもりじゃないのに……

 本当は話しかけてほしくてたまらないくせに。

 自分から嫌われるようなこと言って、馬鹿みたい。

 馬鹿だよね……。

「何で? 話しかけちゃ迷惑だった?」

 彼はいたって普通の調子でそう言った。

 怒るでもなく、笑うでもなく。

「迷惑よ! だって……だって……」

「何で?」

 彼は言葉が詰まった私にもう一度聞き返した。

「だって……あなたの事好きになっちゃうじゃない……。期待しちゃうじゃない……。無理な事これ以上望んじゃうじゃない……。」

 私は蚊の鳴くような声でそれだけ言った。

 泣きたくなった。

 何言ってるんだろう、私。

 こんなこと言って彼に如何してほしいんだろう。

 困らせたいわけじゃない。

 怒らせたいわけでもない。

 ただ……一緒にいたい。

 私を見てほしい。

 昔の彼女じゃなくて今の私を見てほしい。

 この人が好きだ……。

 とてつもなく好きだ……。

 一緒にいたい。

 目に涙がたまっていく。

 前を見ると、彼は……笑っていた。

「何で笑うのよ!」

 私は驚いたのを隠そうと強く出てみた。

「だって……蕎麦に唐辛子って合うと思わない?」

 彼は笑いながらそう言った。

 私はしばらく固まった後、笑いが止まらなくなった。

 気持ちを伝えてすらいないのに、勝手にふられて勝手に泣いていた自分を、とてつもなく笑ってやりたくなった。

 言っちゃう?

 言っちゃおうかな……

「私、蕎麦って好きだよ」

 私は他人事のようにそっけなくそう言った。

「俺も、蕎麦には唐辛子入れたら美味いと思うな」

 彼もふっと笑ってそう言った。

「名前は?」

 

 その時からあなたは私の恋人になった。

 唐辛子みたいな私に、蕎麦みたいな彼氏ができた。

 初恋は実らないって?

 私はそんな迷信信じない。

 だって、私の横には初恋の彼がいるんだから。


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No  282

シュークリーム

 私はよく人から牛乳みたいだねって言われます。

 白くて、栄養があって、元気が出るそうです。

 栄養って言われても……

 まぁそんな私にも彼氏がいます。

 二歳年上の彼が。

 クラブの先輩なんですけどね。

 先輩は色が黒くって、温かくって、優しくて……ココアみたいな人です。

 ココアな先輩と牛乳みたいな私ってお似合いじゃん、とちょっと喜んでみたりしています。

 これは牛乳みたいな私が出会った、シュークリームみたいな彼女のお話です。

 

 今は一年間で学生がもっとも喜ぶ季節。

 ……夏休みに突入した。

 先輩とクラブからの帰り道。

 先輩は今年大学を卒業する。

 こうして学校からの道を一緒に歩けるのも今年で最後だ。

 そんな淋しい事を考えながらふと前を見ると、こんな太陽の下にいても日焼けなんてしないんじゃないかと思えるほど色の白い女の人がいた。

「あっ!」

 私が急に声を上げたのはその女の人が倒れたからだ。

「先輩!」

 私が声をかけるよりも早く先輩は駆け寄っていた。

「大丈夫ですか?」

 私は先輩が助け起こした女の人に声をかけた。

 不思議な感じがする女の人だった。

 細い、か弱い、美しい……いろんな形容詞を並べてみてもどれもピンとこない気がした。

 ……儚い。

 そう、彼女はこれがぴったり合う女の人だった。

 彼女は何も言わず目を見開いて私と先輩を見ていた。

 彼女は話しかけても何も言わず困った私達は熱中症だろうと結論を下し、治るまで仕様が無いので彼女を私の家へと招いた。

「あなた達は恋人?」

 私の部屋で麦茶を片手に彼女は言った。

 彼女の口を開いた第一声はそれだった。

「ええ」

 私は少し照れながらそう答えた。

 先輩は何も言わず、ただぼんやりと座っていた。

 まぁ、もともとが無口でぼんやりしている事の多い人だ。

「そう……いいわね。若いって……」

 彼女は声も淋しげで儚い。

「あなたも若いじゃないですか」

「私? 今年でもう八十になるのよ」

 彼女は笑ってそう言った。

 冗談だろう。

 そう思ったが何処かぞっとするものがあった。

 私は彼女に合わせて少し微笑んだ。

 彼女は二十歳前ぐらいに見えた。

 少しして、私はおやつのシュークリームを彼女に差し出した。

 意味は無かったのだが、何となく麦茶だけでは悪い気がしたのだ。

「これは食べ物なの? へぇ……」

 彼女は面白そうにシュークリームを眺めた。

 シュークリームぐらい珍しくも無いのに。

「美味しい!」

 彼女はそう言って無邪気にシュークリームを頬張った。

 見ていて、和むような笑顔だった。

 先輩が彼女に見とれているので少しムカッときたが……

「昔はこんなの無かったわ……」

 昔とはいつのことなんだろう?

「戦争でね、終戦したのが確か私が十八の時だから1945年ね」

 この人何を言い出すんだろう?

「私の恋人もね、甘いものが好きだったの。彼の家とはご近所だったの。よくいっしょに遊んだわ。あのころが一番楽しかった」

 私は訳が分からず、話かけようと思ったが彼女の雰囲気にはそうし難いものがあった。

 彼女は淡々と語っていった。

 

 彼の方が二つ年上でね、お兄ちゃんって感じだったわ。

 でもね、私が十五歳の時彼は行ってしまった。

 あの戦地へと。

 とりあえず嫁を持たせたいって皆が言って、私と彼との結婚が決まったの。

 私達の結婚生活は三日だけの事だった。

 まるでおままごとね。

 彼は、私を抱こうとはしなかった。

 本当に好きだから、帰ってきてまた会えたらその時にと言って。

 絶対に帰ってくるからって。

 私は待ってたわ。

 彼が帰ってくるのをずっと……

 そして、彼は約束を守ったわ。

 ちゃんと生きて帰ってきた。

 ……でもね、会えなかったの。

 もう少しだけ一緒にいたかったんだけど、無理だった。

 だって――私が待っていてあげれなかったんだもの。

 私が……

 

 彼女はそこまで言うと言葉に詰まった。

 いつしか彼女の話に引き込まれていた。

 私は無意識に彼女の手を握り締めた。

 冷たい……

 手から彼女の悲しさが伝わってきて、何だか泣けてきた。

 先輩にポンポンって頭を叩かれた。

 彼女はそれを見て少し笑った。

「変ね……初めて会う人にこんな話」

 私は無言で首を振った。

「でもね、あなた達の事を見てると思い出すの。一番楽しかったときの事を……」

「その男の人はその後、如何されたんですか?」

 何故か先輩が口を開いた。

「別の奥さんをもらったわ。私もそうしてくれる事を望んだわ……だけど、駄目ね。

悲しいの。彼が、他の人といることがとてつもなく悲しいの。彼の隣が私でありたかった。いつもそう思うの。彼さえいれば何もいらなかったのに……蝉の声を聞くとね、彼の涙を思い出すの。戦地から帰ってきて、黒焦げになった自分の家を見たときの彼の涙を……。私の為に泣いてくれた最後の涙を……」

 彼女はそう言うと静かに涙を流した。

「恋人のお名前なんて言うんですか?」

 無口なはずの先輩が何故か変な質問を繰り返した。

「栄介」

 彼女はポツリと呟いた。

 私は先輩が小さくやっぱりと呟くのが聞こえた。

 彼女は徐に立ち上がり、

「あなたたちとお話できてよかったわ。ありがとう。栄介さんも幸せだった見たいね」

 そう言って、先輩を見ながら微笑んだ。

 私は意味が分からなかった。

 だが、私は彼女の淋しげな表情から、もう二度と彼女には会えないだろうということは分かった。

 不思議だ。

 彼女が窓からふわりと出て行くのを見ても、私は驚きもしなかった。

 それは恐怖ではなく、お伽話の世界に引き込まれたような不思議だったから。

 身体がふわっと浮いたかと思うと彼女は姿を消した。

 何となくシュークリームのような人だったと思った。

 ふわふわしてて、優しそうで、甘そうで……

 それでいて、クリームに入っている洋酒が少し苦い過去を物語っているようだった。

 彼女が美味しいといって食べたシュークリームは彼女自身のいろんなものを飲み込ませたように思えた。

「先輩……あの人、幽霊ですか?」

 私はぼんやりと先輩に解答を求めた。

「そうだろうな……」

 先輩は静かに言った。

「先輩、あの人のこと知ってたんですか?」

 先輩は私の質問に言葉を選んでいるように見えた。

「……栄介って多分俺のじいちゃんだ。」

 私はその一言に目を丸くした。

「昔、じいちゃんから聞いたんだ。あの人が言ったのと同じ話を……」

 先輩は何となく淋しそうに見えた。

 それは私がはじめて見た先輩の表情だった。

「大丈夫ですよ。彼女、悲しいけど栄介さんを恨んでませんから……」

「何で分かるんだ?」

 先輩は不思議そうに聞いた。

「分かりますよ。だって、彼女と男の好みが一緒ですから」

 私は悪戯っぽく微笑みながら先輩にキスをした。

 先輩は真っ赤になった。

「私、先輩が戦争に行ったら、待ってっませんから」

 私は面白そうに言った。

「他のやつと結婚するか?」

 先輩は拗ねたように言った。

「いえ……戦地まで着いていきます」

 私がそう言うと先輩は笑った。

 私も笑った。

 

 私達は幸せだ。

 好きな人と一緒にいられて、好きな人と笑い会える。

 私は今の世の中に生まれた事を初めて感謝した。


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No  280

チョコレートパフェ

 前の彼女によく、

「あなたって、蕎麦にそっくり!」

 と言って笑われた。

 蕎麦みたいに温かかったり冷たかったり、暑いとき部屋でのびたりするからだそうだ。

 これは蕎麦みたいに気分屋ですぐにのびてしまうどうしようもない俺の一世一代の決心だ。

  

「娘さんを僕に下さい」

 俺は彼女の父親に頭を下げた。

 その言葉を口にした時、思っていたほどの緊張感は無かった。

 彼女の父親は何も言わず黙ったままだった。

「お父さん、何とか言ってよ」

 一人娘である彼女が言った。

 彼女は金持ちの令嬢で、甘やかされて育ってきた。

 歳の割りに幼く見えるのはその所為だろう。

 前の彼女に別れてもらって、今の彼女と付き合った……

 まぁ本当のところ、前の彼女と別れる前から今の彼女と付き合い始めていた。

 世間一般に言う、二股。

 前の彼女は牛乳みたいな奴で、しっかりしてて見てるこっちが元気になるぐらいだった。

 でも、しっかりしすぎてたのだ。

 男心としてもう少し自分を頼りにして欲しかった。

 そんな時今の彼女と出会った。

 彼女は元彼女とは対照的で頼りなくて、チョコレートパフェのような人だ。

 見た目は華やかで味も美味しいが、最後に残るチョコレートソースが何とも甘ったるく口に残るのだ。

 切符一枚買えないようなお嬢様で、最初のころはそこが新鮮で可愛らしかった。

 今は……?

 俺は考えない事にしていた。

 何となく二年の月日が過ぎてそのままの勢いで結婚する事になっていた。

 彼女の勢いに負けたのだが……。

 俺は今幸せなんだろうか……?

 前の彼女から貰っていた物の大きさ、大切さに気付いたんではないか?

 前の彼女はよく笑った。

 今の彼女はよく泣いている。

 自分の思い通りにならないと怒り、そして泣く。

 一言で言えば我侭なのだ。

 最初のころは、それこそ彼女が望むものを全て与えてやりたくて、全て叶えてやりたくて、頑張った。

 蕎麦にしてはのびずに頑張ったのだ。

 でも……このまま結婚していいんだろうか。

 結婚すれば間違いなく彼女の父親の物である社長の椅子は俺に渡される。

 お金に地位に、女に名声。

 全て俺の思うとおりになる。

 でも……それでいいのか?

 何か足りないんじゃないか?

 一番大事なもの抜けてないか?

 いいんだ……。

 これで、いいんだ……。

 俺はあいつを捨てて今の彼女を選んだんだ。

 蕎麦のままでは終わりたくなかったんだ。

 だから……

  

「君はうちの娘を本当に愛しているのか?」

 彼女の父親が重い口を開いた。

「やだ、お父さん何言ってるの?当たり前でしょ、そんな事」

 彼女はそう言うとケタケタと笑った。

 本当に愛してるか?

 自分の中で自問自答を繰り返した。

 辺りに再び沈黙が広がる。

 彼女はすぐに返事をしない俺に腹が立ったようだ。

 子供のように口を膨らませた。

 俺は彼女を好きなのか?

「勿論……愛していません」

 俺はそう答えた。

 考えるより先に口が動いた。

 俺、今何言った?

 誰よりも言った自分が驚いた。

 ふと前を見ると、彼女の父親が笑っていた。

「君は正直な男だ。君みたいな男に娘と結婚してほしかったが、そうはいかないみたいだな」

 俺の言葉は彼女にヒステリーを起こさせた。

 彼女の父親はそんな彼女を見ながらまた優しく微笑んだ。

「何でも手に入ると思ったら間違いだぞ……」

 彼女の父親は泣き喚く彼女に静かに言った。

 彼女は俺を睨み付けた。

 これでよかったんだ。

 俺はずっと無理してた。

 もともと人に頼られるのが好きな方じゃないし、しっかりもしてない。

 蕎麦はやっぱり蕎麦だ。

  

 人にはその人にあった役割がある。

 それを無理して曲げても幸せにはなれない。

 今、やっと分かった。

「娘さんとの婚約を白紙に戻させてください」

 これが俺の結論だ。

 


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No  278

ココア

 私の彼氏はココアです。

 甘くて、温かくて、何でも溶かしてくれて……ちょっと日焼けして色が黒いところも。

 よく人に、

「あなたは牛乳みたいね」

 って言われます。

 何でも……栄養があって、真っ白で、元気が出るんだそうです。

 自分の中ではココアと牛乳っていい感じじゃん。

 とちょっと喜んでいます。

 

「なぁ……」

 私の家に遊びに来ていた私の彼氏である先輩が言った。

「如何したの?」

 私は何故か固まっている先輩の目線を追った。

 その先には自分でも忘れかけていた過去があった。

 ……元彼の写真。

「あっ……」

 私はしばらく言葉が見付からなかった。

 その写真たては、部屋の一番隅で自分でもそんな写真を飾った事すら忘れていた。

「それって……」

 先輩は言葉を濁し、頭をかいた。

 これは先輩の困った時の癖だ。

「えっと……」

 いつもみたいに言葉がでてこない。

 捨てるの忘れてただけだから。

 気にしないで。

 そう言えばいいだけの言葉が。

 しばらく沈黙の時間が過ぎた。

「悪い……俺、帰るな」

「あっちょっと!」

 私が止めるのも聞かず、先輩はそれだけ言うと部屋を出て行った。

 怒ったかな?

 先輩はもともとあまり喋る方じゃない。

 それだけに表情が顔に出てよく分かる。

 今の表情は……怒ってた。

 こんな写真一枚で……

 私は写真を恨みがましく睨みつけた。

 写真の中の私は笑ってる。元彼だって笑ってる。

 この写真をとった時、まさか彼に他に好きな人がいるとか思っても見なかった。

 彼氏に振られた私は先輩に慰めてらった。

 温かい人でいつの間にか好きになってた。

 元彼の写真を見ても、頭に浮かぶのは先輩のこと。

 気がつかないうちにこんなに好きになってたんだ……。

 明日、謝ろう。

 きっと許してくれるよね。

 

 次の日いつも昼ごはんを一緒に食べてる場所に先輩は来なかった。

 どうして……?

 前の彼氏の写真がそんなに許せない?

 ふと廊下を見ると歩いてるのは先輩だった。

「先輩!」

 私は思わず声を上げた。

 先輩はちらりとこっちを見るとクラスメイトの女の人と行ってしまった。

 無性に泣き出したくなった。

 悲しいのではなくて、情けなくて。

 私、そんなに信用ないのか……。

 ココアみたいな先輩だけど、今のはまるでレモンティーだ。

 周りの人には美味しくても、牛乳の私だけは分離してしまう。

 レモンティーにミルクは一緒に入れない。

 あの女の人に先輩取られちゃうのかな……

 ふと目から涙が落ちた。

 元彼に振られた時に泣いてから、涙が出た事はなかった。

 別に嫌なことが無かったとかそんな事じゃない。

 ただ――実は弱くて泣き虫な私を、先輩は泣く暇が無いぐらい笑わせてくれていたから。

 先輩といれば涙なんかいらないと思ってたのに……

 私は机にうつ伏せになって泣いた。

 泣いてる顔なんて誰にも見られたくないから、泣いてるなんて気づかれたくないから。

「何泣いてんだ?」

 頭の上で不意に声が聞こえた。

「せ、先輩!」

 さっき人の前を堂々と無視して通って行った先輩が、目の前にいる事に驚いた。

「何で泣いてんだ?」

 先輩はとぼけた顔でそう聞いた。

 何でって……

「さっきは悪かったな。急にクラスの子に呼び出されたんだ」

 先輩は頭をかきながらそう言う。

 連絡だってくれなかったくせに、私のこと怒ってるくせに……

「今日携帯忘れたから、連絡取りようが無くて……」

 いつもは無口な先輩が一生懸命喋ってる。

「先輩、昨日の事怒ってないの?」

「昨日って……? 何かあったか?」

 これには私が驚いた。

「私の家に来た時に元彼の写真見つけて……」

「……あれ、兄ちゃんじゃないの?」

 絶句。私の涙返してくれ。

「じゃあ、何であの後いきなり帰ったんですか!」

 私は怒鳴りつけるように言った。

「だって……お前が甘いもんばっかりだすから、ちょっと気分が……」

 先輩はばつが悪そうな顔で言った。

「……先輩甘い物嫌いなんですか?」

「あんまり……」

 先輩の声が少し小さくなったような気がした。

「じゃあ何で食べたんですか! 先輩がバクバク食べるから私てっきり……」

 嫌いなら嫌いって言ってくれたら作らなかったのに……

 先輩が家に来るから張り切って朝から作ったのに……

「だって、お前が作ったんだろ? あれ」

 先輩はあっけらかんとそう言った。

 私はしばらく何も言えなかった。

 そして急に笑い出した。

 この人は馬鹿だ。

 でも、たまらなく愛しい。

 少し照れて赤くなる先輩の横顔を見ながら私は、「やっぱり先輩といると涙なんかいらないな」と心からそう思った。

 

 私の彼氏は甘い甘いココアです。

 


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