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ブルームーン 2007年09月25日
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ブルームーン

ここでは小米雪の普段の生活で気になるお話をエッセイ形式で書き記していきますw
No  6

オタクとは2

さて、昨日に引き続きオタクについて考えていきたいと思う。
昨日の分も読みたいと言ってくださる方はこちらをどうぞ。


二次元の社会、漫画や本を読んでいても分かると思うが、あの社会には圧倒的にハッピーエンドが多い。最近はバッドエンドが一部で人気であるという話も聞くが、一般大衆に受けるのはやはりハッピーエンドであると考えられる。
少女漫画では望みがないと思われた恋愛が成就したり、失恋した女の子にそれを癒す男の子が現れたり、少年漫画では戦いに負けていたのに、何故か秘密の武器や主人公のバージョンアップ、救世主の出現なんかで必ずといっていいほどの勝利を収める。
いや、私は決して漫画界を愚弄したい訳ではない。
唯、言いたいのはそこにあるのは光り輝く道であって、決して抜けられないトンネルではないということだ。
三次元と二次元の違いはそこにあるんじゃないかと思う。
そして、その世界に息抜きの意味合いで足をつけるのは何の問題もないと思う。
実際、私の場合はっきりと自分でも分かるほどに二次元の世界を癒しの場として使っている。
しかし、その世界に住んでしまうことは別である。
二次元社会に住んでしまうのと足をつけるのとでは全く意味が違うのだ。
辛い時逃げ場の無い人は壊れやすい。
この言葉は私が身を持って体験したことであり、曲がりもない事実であると思っている。
でも、逃げ場に住み着いてしまうことは、問題を直視していないことと同じではないだろうか。
逃げ場はあくまで逃げ場であって、そこが自分の本拠地ではないのだ。
づらづらと話を綴ったが、今だオタクというものについて見えてはこない。
オタクを二次元社会に生きる者と定義するならば、オタクの皆様は皆家に引きこもるという羽目になってしまう。
そして、オタクの人全員が逃げ場に囚われた人のようになってしまう。
うむ。これとは少し違う気がする。
オタクの人だって仕事を持ったり、学校に行ったりしているのだから。
少し、考え方を変えてみよう。
雪がオタクと思う人についてもう少し考えてみる。道端でコスプレをしているお方や、アニメのフェアなんかに頻繁に顔を出し、アニメの中の少女に恋をしているお方はオタクと呼べるのではないだろうか。(これは偏見か?)
その辺りを含めて考えてみると、出される仮説は「オタクとは二次元と三次元の境目が薄くなっている人物である」とできるのではないだろうか。
これは我ながら中々いい線を行っているんじゃないか?
住んでしまうまでは行かないが、二次元社会のモノを三次元社会に引っぱりこんでいる人がオタクというのは如何だろう。
それなら、コスプレや二次元社会に恋することも納得がいくんじゃないだろうか?
よって、小米雪はオタク(アニメオタク)というものを「二次元と三次元の境目が薄くなっている人物である」と結論付ける。
これがいいのか悪いのか、今の私には計り知れないが、それが原因で争いごとが起こらないのであれば、別に悪いものではないのであろう。

以上、「オタクとは」・完


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