この記事は【大学の小規模問題について如何思うか】の続きになります。
そこで少し話はずれてしまうのだが、地域社会の政治について考えて見たいと思う。
最近たまたまとっていた授業のレポートで55年体制に関するものが出ていた。
そこで、地方の均衡について学んだのだが、今現在の状況として、郵政は民営化されたりと、地方は均衡化されて都会に近づくどころか、郵便局すら潰れそうで、ますます不便になっていっている気がする。
現在地方政治は均衡化を図り、都会との差を失くすことではなく、多様化されて、地方自身の特色を生かすことが大事である、と何処かの本に書いてあったのだが、そのことが大学にも言えるのではないかと思う。
すなわち、同じような学部、同じような学科をもつ大学は、今よりももっと上の大学を目指すのではなく、その学校にポイント、オリジナリティを加えることが大切なんではないだろうか。
質問のところで、淘汰は必要かどうか、という話をされていたのだが、淘汰するというのであれば、その前にまず学部やカリキュラムの建て直しから始めた方が良いのではないかと雪は思う。
学校自体を選択し、不必要なものや不適応なものを除き去るというのであれば、それは基準が難しいのではないだろうか。誰にとって不必要であるかという問題ならば、間違いなく、今現在雪の様に大学に通っている学生や、これから大学に入る受験生である。
つまり、その淘汰の過程は雪たち自身が受験を行なう際に行なうものだといえるだろう。
それならば、大学側は偏差値が低かろうが、田舎にあって交通の便が悪かろうが、そこに行きたいと思わせるポイントを作って欲しいと思う。
だからといって子供が増える訳ではないので、次世代の親世代になる若者が少子化を重く考えることは必要であると思うが、何所にでもある教育を幾つもの大学で行なうのであれば、其処でしか受けれない教育を受けさせてくれる大学を増やしていく方が、この先の日本の教育事情も明るいのではないかと思う。
すなわち雪の返答としてまとめると、
◎淘汰を行なうことで大学数を減らすことを必須とするのではなく、まずカリキュラムの見直しを行なうことが大切。
◎分野別に細かく学べる教育機関を増やすことで、学びたい知識について更に選びやすくなる。
◎同じ分野で競うのではなく、違う分野を増やしオリジナリティを持たせる。
ということではないかと思った。
まぁすなわち……
ということでしょうか?^^;
若干リクエストとずれている(若干どころじゃない!!)様な気がしますが、こんなもんで如何でしょう?
理解力が乏しくてすみません^^;