キーワード出現率
ブルームーン パンドラの甲7

ブルームーン

ここでは小米雪の普段の生活で気になるお話をエッセイ形式で書き記していきますw
No 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨
No  475

パンドラの甲7

パンドラの甲7

一度開いてしまった箱は二度と閉じられない。

唯の病気なら、自分の問題だけ耐えればいい。特に私の病気の場合、今から進行する訳でもないので孝明さえいいと言ってくれるならお互いにそのことには触れずに生きていける。
でも遺伝という鎖がつくとそれはパンドラの箱へと豹変する。
カラマーゾフの三兄弟がその呪縛から逃れられなかったように、私はこの手を負っている。
それは血であり、血統であり、私自身であった。
どんなに医師やカウンセラーが大丈夫だと言っても、私がこの問題から逃れられる訳ではない。遺伝子の多様化なんて難しい言葉を使って、進化なんて複雑な問題を取り上げて話を大きくされたところで、そんなもの一ミリの役にも立たない。
もし、私が戦える方法があるのだとしたら、それは目の前の人間に私が背負っている箱を投げることだけだった。
開いて中から色んなものがあふれてくる。
それを万が一、億が一の可能性で受け取って共に戦ってくれると言ってもらえたら、その瞬間、私は今の自分と向き合える気がした。

「私ね、ずっと負い目に感じてた。この手が大嫌いだったし、もしこの手が子どもにも遺伝してしまうくらいなら、子どもなんて産みたくないとすら思ってた。でもね、あなたと出会って、当たり前の幸せを望むようになっちゃったの。子どもなんていらないし、結婚なんてしたくないって思ってたのに……。だから、話を聞きに行った。もし遺伝性のものじゃないなら、このまま話さなくてもいいかもしれないって思って……」
私の口はもう閉じられなかった。
「……さっき、電話でなんで謝ってたの?」
孝明はしばらく黙りこんでそう尋ねてきた。
「少し自信がなくなったから」
「自信?」
「うん、自信」
「それってどういうこと?」
「自分の手が遺伝性の病気だって分かって、色んな事に自信がなくなったの。あなたのことも、これからのことも、色々」
「……俺と別れたいって思ったってこと?」
孝明はさらに表情を硬くしてそう言った。私はその言葉に思考を巡らせねばならなかった。
「……別れたい訳じゃないの。唯、あなたに話して振られるのであれば、話す前にはなれて行こうかと思っ――」
「嫌だ! 絶対はなれない!」
私が話し終わる前に孝明がそう言った。彼の初めての強い拒絶に驚いたが、それ以上にその拒絶が嬉しかった。
「……どうして?」
胸が詰まる、という状態を初めて経験したかも知れない。その言葉を吐くだけで今の私は精いっぱいだった。
「俺は美香がいい。手が何? 今さらだよ。……遺伝が何? 俺なんか身長も低いし、顔だってイケメンってわけじゃないし、オヤジが禿げてるから禿げるかもしんないじゃん!」
孝明は早口で言葉をまくしたてる。
――俺は美香がいい。
私にはその言葉がだけで十分だった。
「……孝明、禿げるの?」
私は笑いながらそう尋ねた。唯、目から涙が流れるのは止められなかった。
「禿げないようにするけど、分んないじゃん! 子どもだって男の子だったら禿げるかも……。美香は俺が禿げたら嫌いになるの?」
孝明は少々弱弱しく尋ねてきた。
「……坊主頭の孝明もいいかも知れないね」
私は首を振って、そう答える。明らかにほっとした表情の孝明が可愛くて、思わず抱きしめる。
「ん、俺も美香の手も好き」
孝明も力強く私の身体を抱きしめる。
「……ありがとう」
そう言いながら慣れ親しんだ匂いと感触に想いを馳せた。
愛してる、愛されてる。この人に触れた瞬間いつもそう思う。
それ故に、失うのが怖くて、綺麗な思い出のまま捨ててしまおうとした。
今まで、この手を拒絶されることはあったが、はなれて行くことを拒絶されることなんてなかった。
優しい言葉を吐いて、大人の対応を取る人間を何人も見てきた。そんな対応がものすごく怖かった。
孝明にそんな対応を取られたら、多分私は立ち直れなかっただろう。
でも、自分のコンプレックスを隠したまま付き合い続けることも、私には難しかったのだ。
ふと戦おうと思わせてくれた桜木カウンセラーの言葉を思い出す。

「その手の……私と同じ手を持つ女の子は今どうしていますか?」
「……今では私の妻なんです」

私はふっと頬を緩ませながら、あのカウンセラーが独身だったらどうしてたかなぁーと邪な考えを浮かべていた。
孝明には見えないように肩に顔をうずめながら。

パンドラの甲・完
スポンサーサイト

別窓 | パンドラの甲 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<新年明けましておめでとうござます | ブルームーン | パンドラの甲6>>

この記事のコメント

∧top | under∨
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| ブルームーン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。